弊社の社名は、井原西鶴から名付けた。NHKの歴史秘話ヒストリアという番組で、井原西鶴の特集をしていた。余りこうした番組で西鶴を紹介することはないのだが、大阪にお笑いを名付けた西鶴を知ってもらえれば嬉しい限りなのだ。
西鶴は天才だと思っている。江戸時代に一大お笑いブームを作った西鶴は、俳諧の世界では松尾芭蕉に敵意を持たれ、ライバルであった。浮世絵では菱川師宣とは、絵でライバルであった。近松門左衛門とは作家として対決して敗れたものの、西鶴に影響を受けた人物である。
多くの人達に影響を与えた人物だ。NHKでは私のもう1人尊敬するチャップリンと西鶴を比較していたことが嬉しかった。チャップリンはコミカルな笑いとペーソースな二つの笑いの二本立てで世界を魅了した。
笑いや、好色物や、俳句、はたまた今でいうところの経済紙を書きあげた、あの時代のマルチ天才タレントであった。今のビートたけしのような存在だったかもしれない。矢数俳諧等、アイデアマンであった。
西鶴に影響を受けたのは、商売人達に影響を与えた日本永代蔵という世界初ともいわれる経済誌を書き上げたことだった。多くの商売人達が西鶴の所を日参し、色々と情報をかき集めていた。私もここから社名を西鶴にしたのだ。
52歳で亡くなった西鶴は、当時人生は50歳が寿命と言われていた。笑って泣いてまた笑わせた西鶴・・・封建時代の江戸時代に人々を大笑わせた西鶴は、死の直前こんな句を詠んだ・・・「浮世の月見過ごしにけり末二年」50歳の寿命が2年間生き延びて、2年も余分に月を見て過ごした・・・憎めない句なのだ。
西鶴の銅像を祀ってある生國魂神社に行けば西鶴像に会え、誓願寺に行けば西鶴の墓がある。久しぶりにお会いに行きたくなった。